職務経歴書は「3分」で読まれ、「2分」で判断されている

職務経歴書

自分の職務経歴書に、何分かけて読んでもらえると思っているだろうか。丁寧に、漏れなく、実績を厚く書き込めば、いつか読み手に伝わるはずだと信じて仕上げている人は多い。だが自分が読む側にいた頃の実感で言えば、一枚の書類にかけていた時間は、思っているよりずっと短かった。

いわゆる大企業で採用に関わっていた時期、書類選考は特別に構えて向き合う仕事ではなく、日々の業務の合間に処理していくものだった。手元には常に何十枚もの書類が積まれていて、一件ずつ腰を据えて読み込む余裕は、正直なところなかった。一字一句を丁寧に追うようなことはほとんどしておらず、ざっと全体をなぞるのに3分。その中で、この人を先に進めるかどうかの方向性は、もうほぼ固まってしまう。残りの2分は、その判断を裏付ける材料を確認しているだけで、判断そのものを覆すための時間ではなかった。

自分が見てきた範囲では、一人の評価者のその場の心証が、そのまま次に進むかどうかを左右することの方が多かった。丁寧に読み込む余裕そのものが、構造として用意されていない。読み手が怠慢だからではなく、時間という資源が、最初から足りていないのだと思う。

最初の数行で何を掴もうとしていたかと言えば、肩書きや会社名の立派さではなかった。この人が実際に何を動かし、どこまで自分の裁量で進めたのか。会社の看板がそのまま透けて見える書き方か、本人の輪郭が見える書き方か。その解像度を、無意識のうちに探していた。実績を漏れなく並べようとするほど文章は長くなり、読み手が最初の3分で拾うべき情報は、かえって埋もれていく。書き手がかけた時間の分量と、読み手がかける時間は、そもそも比例しない。

応募者として書類を送っていた頃の自分も、きっと同じ誤解をしていたと思う。当時は、書けることは全部書いておいた方が安全だと考えていた。一つでも実績を削れば、それだけ評価が下がるのではないかという不安があったからだ。だから経験したことを漏らさず並べ、行間を埋めるように説明を足し、気づけば一枚の書類が、読みやすさよりも網羅性を優先したものになっていた。

抜け漏れをなくすことに気を配るあまり、どの経験を一番前に出すべきかという判断からは、むしろ逃げていたのだと思う。全部を並べておけば、どれかは引っかかるだろうという発想は、裏を返せば、何が刺さるかを自分で選び切れていないということでもある。

あの頃の自分に会えるなら、これだけは伝えたい。

書類にかけた時間の量と、読まれる時間の量は、そもそも関係がない。

網羅して安心したいのは、書き手側の都合にすぎない。読み手は、その安心のためにページをめくってはくれない。

まとめ

職務経歴書は、丁寧に、漏れなく書けば伝わるという前提で作られがちである。だが読む側の時間は、ざっと3分、判断が固まるのに2分というのが、自分が見てきた実感に近い。書き手がかけた時間と、読み手がかける時間は、別物である。その事実を知っているかどうかで、書類に向き合う姿勢は、少し変わるのではないかと思う。

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