職務経歴書を書くとき、多くの人は実績の「大きさ」を伝えようとする。予算規模、チームの人数、達成率。数字が大きいほど、伝わる強さも大きくなると信じているからだ。だが、採用する側にいた人間として言えることがある。面接官がその数字を読んだ瞬間に頭の中で始まっているのは、感心ではなく、値引きという作業なのだと思う。
「50名体制のプロジェクトを牽引し、売上を前年比130%に伸ばした」。職務経歴書にこう書かれた実績を、自分は何度も読んできた。数字だけを見れば、申し分のない実績である。だが面接官として読むとき、目が最初に向かうのは数字そのものではない。この規模のプロジェクトが動く会社は、そもそもどれくらいの体制を持っているのか、というところだ。
大企業には、大きな仕事を成立させるための土台が、すでにできあがっている。予算はある程度自動的に確保され、優秀な人材はすでに社内にいて、たとえ失敗しても会社ごと傾くことはない。この土台があるから、大きな数字が生まれる。土台そのものは、候補者が一から作ったものではない。だからこそ面接官は、その実績のうちどこまでが候補者本人の意思決定によるもので、どこまでが会社の体制によって自動的に生まれたものなのか、無意識のうちに仕分けようとする。
これは意地悪でも、減点主義でもない。評価シートには、決まった言い回しがいくつかある。「再現性が低い」「本人のパフォーマンスレベルとして評価しづらい」。大きな実績を読んだ後にこの言葉が並ぶのを、自分は何度も見てきた。転職とは、その人を今いる環境から切り離し、別の環境に置き直すことだからだと思う。だから会社の看板を外したときにも残るものだけが、実際には評価の対象になる。看板が生んだ成果は、看板とセットでしか再現できない。それは会社の実績であって、個人の実績ではないという判断が、そこで働く。
逆に、自分が見てきた範囲で値引きされなかった実績には、共通点がある。会社が敷いたレールの上ではなく、そこから一歩外に出た瞬間の判断が含まれている実績である。前例のない状況で自分が最初に動いた。会社の体制では拾いきれない問題に、自分で気づいて手を挙げた。そうした痕跡がある実績は、たとえ規模が小さくても、値引きの対象にならない。大きさで勝負しようとするより、その「体制の外に出た瞬間」がどこにあったかを思い出すほうが、実は職務経歴書には効くのだと思う。
これが「値引き」の正体だと思う。実績の数字そのものが否定されるわけではない。ただ、その数字の中に、候補者個人が何を決め、何を動かしたかという痕跡がどれだけ見えるかによって、同じ「130%達成」という実績でも、評価は大きく変わっていく。
自分が見てきた範囲では、この値引きに気づかないまま職務経歴書を書いている人は少なくない。実績の規模を強調すればするほど、伝わる強さが増すと信じているからだ。だが規模を強調する言葉を重ねるほど、実は逆に、個人の輪郭がぼやけていくことがある。「大規模プロジェクト」「大手クライアント」「全社横断」。こうした言葉が並ぶ実績欄を読みながら、面接官は無意識に、候補者本人の姿を探している。見つからなければ、実績の数字は大きいまま、評価だけが小さくなる。
実績は、会社の看板を外した後に残ったものだけが、自分の実績である。
だから職務経歴書を書くときに本当に必要なのは、実績を大きく見せる言葉ではなく、その実績の中で自分が何を選び、何を判断したかを、具体的な行動として書き残すことなのだと思う。予算規模やチームの人数は、会社が用意した舞台の広さでしかない。その舞台の上で、自分がどこに立ち、何を決めたか。面接官が本当に読みたいのは、そこである。
自分の職務経歴書に並んでいる実績を、一度、会社の看板を外して読み直してみてください。看板を外しても、まだそこに「自分」が残っているでしょうか。残っていると思えるなら、それはもう、会社の実績ではない。
まとめ
会社の規模や体制は、実績を大きく見せてくれる。だが同時に、それは面接官の目からは値引きの対象にもなる。看板の大きさと、個人の評価は比例しない。残るのは、看板を外した後にも消えない、自分自身の判断の跡だけである。

